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もっとも確かなもの

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月24日(日)10時52分50秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  福澤に「人間蛆虫論」というものがある。

端折っていうと、人間という生き物など大海の芥子粒であり、朝に生まれ夕べに死んでいく蜉蝣ごときの、ただ生まれ、そして、すぐに死んでいく弱い生き物であり、無知無力で見るも無残な蛆虫のようなものだ。偶然にこの世に生まれ、喜怒哀楽や貴賤貧富に心身をすり減らしながらたちまち消えていく哀れな生き物、人間とはそれだけの生き物である、というのが福沢の「人間蛆虫論」である。

いかにも合理的で唯物的な福澤らしい言葉だが、福澤のこうした厭世的なところだけを掬い上げ、「福澤は悲観論者だ」「ネガティブだ」「暗い」などと、アメリカの学者がいう「ポジティブ・シンキング」などという耳当たりのいい言葉にかぶれた者などはすぐに言う。

ここで福澤が終わってしまうなら、福澤の思想など、歴史に名を残した大思想家のそれどころか、そこいらの貧乏寺の安い坊主の安い説法とさして違わない。

福澤を物質的なものしか信じない単なる合理主義者あるいは功利主義者だと思ってたら大きな間違いである。

有名な「天は人の上に人をつくらず」でもそうだが、このあとで諭吉がなんて言ってるか、本論で何を言いたいのかには目もくれず、諭吉の枕詞だけをみて、「人間を愚弄している」「蛆虫とはなにごとか」といっている。

馬鹿は死ななきゃ(死んでもかもしれないが)治らない。

この言葉がもっとも真理に近いな。
 
 

捨てられない説教の愉しみ

 投稿者:いちのへ  投稿日:2018年 6月23日(土)22時36分35秒 KD014101145203.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  補欠会員さん

> 70代の人が、いまどきの若者は「ハングリー精神がない」「根性がない」などというのは、
> 桜坂さんが仰るとおり、自分が生きてきた社会と今の社会を比較しないでものを言う、思 想的貧困がなせる所業でしょう。
> 「ちったぁ世の中を見ろ」と蹴っ飛ばしてやりたくなります。

↑ 年寄りが若いモンを大所高所から説教する(実際はクソミソに貶し自分の優位をアピールしつつの自己慰撫)という
 『回春行為』は高齢者の数少ない愉しみですから放置でいいんぢゃないでしょうか、ワレワレもやっていますからね、逃れられないですよ、
  若いモンに『他人に口出しする暇があったら預金残高のチェックでもしろ』なんて言われたら二の句も継げない、
  自分の実人生で達成できなかった甲斐性のなさを若いモンに説教垂れることでなんとか辻褄を合わせようという一種のお手当(絆創膏みたいなもん)ですから、
 これがないと口が寂しくてしょうがない、年長でも年少でも、赤の他人に民度や啓蒙を期待することは徒労、
 『あぁ、そうですね』『ほんと仰る通り』と軽くあしらっておけばいいと思います。

 齢を食ったらとにかく他人の人生・世界観に容喙しない=楽しい毎日&健康の秘訣

 これがカンタンなようでナカナカできない、土台やっても不愉快・腹立たしい思いをするだけでナンにもいいことないですね。
 『他人を批判・指導したくなる』というムズムズをいかに捨てるか?これが難しいということはすなわちワレワレがいかにそれによって
 自分の存在を他人に認めて貰いたいかという『ド~ダ主義』にドップリ浸かっているかということだと思っていますね。
 『世間や他人は自分にナンの興味も持ってないんだからナニをやってもしょうがない』に目覚めることじゃないでしょうか。
 アドバイスするのは『相手が自分にお金を払ってくれている:仕事で請けてる場合』だけ、あとは余計な御世話、でいいんじゃないでしょうか。
 他人に意見する、これってものすごくトラブルのもとになりますしね。ボ~っとしてるくらいがいいんじゃないでしょうか。

 それに、第一、70代の年代とかで自分の雇用者である社長とか会長が宣うド~ダ講釈に食ってかかるような中年なんて見たこともないというか、いるわけもない、
 つまり、そんな他人の世界観を批判することなんかワレワレにとって大して重要なことでもなんでもない、『テヘヘ』程度のことなんですよ。
 みなさん、自分の上司や雇用主に自分の世界観を開陳したり説教したりされたことはあるんですかね?
 他人に小賢しい説教するよりも、いかにカアチャンがキモチよく説教をし終える状態にもっていくか?のほうが遥かに重大な問題だとおもってますね。
 

Re: 書き直し

 投稿者:補欠会員  投稿日:2018年 6月23日(土)18時30分15秒 i58-89-24-113.s41.a010.ap.plala.or.jp
返信・引用
  桜坂 秀翠さん

> NHK調査によると、今年入社した新入社員の61パーセントが、「人並みでいい」とい
> う出世観を持っているそうだ。

> 今さらこうした若者を嘆いても仕方がないのだが、嘆かざるを得ないのが、その調査
> 結果を聞いた70代が、「今どきの若者はハングリー精神がない」「根性がない」
> 「がむしゃらさが足りない」などと、他愛もないことを、他愛のないオツムで、他愛
> もなく言うその思想的貧困さである。


今年入社の新入社員というと、平成7~8年生まれでしょう。この世代の子供たちはガチ
ガチの管理教育で少数学級、群れから外れないように良い子でいる、空気を読む(他人に
同調する)、礼儀正しく先生には逆らわない、従順な家畜のように育てられた世代です。

そして社会は、我々の時代と違って成長しない経済の格差社会ですから、うっかりすると
下層階級(アンダークラス)に落ちてどうにもならなくなる、そんな世の中ですから、せ
めて人並みにはなりたい、と希望するのはある意味当然なのです。

70代の人が、いまどきの若者は「ハングリー精神がない」「根性がない」などというのは、
桜坂さんが仰るとおり、自分が生きてきた社会と今の社会を比較しないでものを言う、思
想的貧困がなせる所業でしょう。「ちったぁ世の中を見ろ」と蹴っ飛ばしてやりたくなり
ます。
 

(無題)

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月23日(土)14時11分28秒 p1180-ipngn5501hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  国際社会というものが人間で構成されている以上、人間関係には国際関係も当然含まれる。

そうであれば、思想の違いなど些事であり、国際関係が最優先などとは簡単に言えない。

ましてや、安全保障を担保するためなら思想の違いや転向などとるに足らないというなら、もっとも手っ取り早いやり方はアメリカに頭を撫でてもらうために民主主義を受容し、侵略史観も受け入れ、アメリカのケツを舐め、ご機嫌をとるのが一番だ。

論理的にはそういうことになるな。

ついにこのちっぽけな板も左翼に乗っ取られたようだ。

道義的革命は常に敗北を繰り返すといった三島はやはり正しかったということだな。

 

すごい

 投稿者:いちのへ  投稿日:2018年 6月23日(土)10時43分57秒 KD014101145203.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  補欠会員さん

> 60歳定年後、嘱託として継続勤務し、65歳の時に大口得意先の日本会議幹部に請われて事務局員となり、優秀な男ですから○○支部長になった。

↑ 普通、65歳で再就職しようと思っても雇用してくれるところなどありませんから、この方は有能な人だと思います、
  さらに支部長になったんですからすごいと思いますね。
  ナニが有能かはいろいろあるでしょうが、おそらく『人のあらさがしをしない』こともあるでしょうね。加藤諦三いわく

 【人のあら捜しに専念している人を見ると、心の底では野心家であることが多い。しかし自分の野心を認められない。
  自分にも野心があることを認めると、その野心を実現できない自分のふがいなさを認めなければならないからである


  なそうで、ナルホド、よくわかりますね。

> こういう生き方はいいと思います。あいつは転向したなどという人は馬鹿です。自分の立ち居地が、
 昨日は左翼、今日は右翼、明日は極右でも誰にも迷惑はかけていません。

↑ 西部邁がまさにそうですねw。ボクは西部がそういう生き方をして迷惑を被ったと感じたことはありません。
  あ、自決を他人に手伝ってもらって警察沙汰になったようだから他人にプチ迷惑かけてるのかな?

> お互いに自分の思想がぶつかり合うが、そんなことは些事なのです、人間関係が何よりも優先するのですから。

↑ 人間関係ってのは、要は『安全保障』そのものですからね、これを良好に保つことはリスク回避になります、
  それさえ良好に保てば、刑務所の中でそこそこ快適に生きていけると想像しますね。
ワレワレに一番重要な安全保障は対カアチャン外交であることは疑いを挟みませんが。
 

大迷惑

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月23日(土)09時06分29秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  >自分の立ち居地が、昨日は左翼、今日は右翼、明日は極右でも誰にも迷惑はかけていません。


↑この「誰にも迷惑はかけていない」ね。

戦後から品位を奪ってきたのがこの便利な言葉である。

「売春は誰にも迷惑はかけていない」「同性婚は誰にも迷惑かけていない」「オレのカネをどう使おうと誰にも迷惑をかけない」「オレの家族が崩壊しようと他人に迷惑をかけない」「親の葬式を出さずとも誰にも迷惑をかけない」と戦後はやってきた。

こう嘯くものは、売春婦の子供として生まれてくる子供に、われわれの良識に、この国の伝統に大迷惑をかけているのだ。
 

Re: 思想拘泥の愚かさ

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月23日(土)08時34分17秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  > No.10361[元記事へ]

> 60歳定年後、嘱託として継続勤務し、65歳の時に大口得意先の日本会議幹部に請われて
> 事務局員となり、優秀な男ですから○○支部長になったのです。共産党→自民党→日本会
> 議となったのは、思想じゃなく人間関係を優先した生き方から自然に推移した結果なのだ
> と思います。
>
> こういう生き方はいいと思います。あいつは転向したなどという人は馬鹿です。自分の立
> ち居地が、昨日は左翼、今日は右翼、明日は極右でも誰にも迷惑はかけていません。

↑人間に永遠の生が与えられてるなら、こういう不道徳な生き方も結構でしょう。

不道徳で死ぬことはありませんからね。

というか、不道徳じゃ滅びることができない。ただ酔生夢死の魑魅魍魎となってこの世を徘徊するほかない。

しかし人間は必ず死ぬんですよ。

死んだらカネも豪邸もポルシェもフェラーリもカルチェもジッポーも要らなくなるんですよ。

人間、どんな悪党だって最後は道徳的な人間で終わりたいと思うのが普通であり、不道徳な人間のまま死んでいけるほど強い生き物じゃない。

「転向」それ自体を否定する者はただの馬鹿ですが、「転向の動機」を問わずに転向を容認する者は大馬鹿です。

実感的信仰に入った人間は薄気味悪いが、仮説的信仰、つまり「神仏は居るかもしれない」と仮想する、そういう古来からの「物語」すらをも放擲した人間は不気味でしかないな。
 

勝てるわけがない

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月23日(土)07時24分47秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  なんの苦労も努力もなく富を手にすることを俗に「濡れ手に粟」というが、OPECなどがそのいい見本だ。まったく羨ましいね。

そのOPECが原油増産を再開するようである。アメリカ傀儡政権のサウジあたりのごり押しがあったのだろうが、そもそも減産は本気でやってたのだろうか、子供が親を困らせようとして駄々をこねてただけじゃないのか。

OPECは、原油価格高騰による世界的規模での消費の落ち込みを恐れ、結局はアメリカに折れた。

これじゃアメリカに勝てるわけがない。

「アッラーは死んだ、マネーが殺したんだ」だな。
 

神は死んだ

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月23日(土)06時53分39秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  恥ずかしいことにVARを完全に誤解していました。

相撲の「物言い」のように、審判団の合議でやるものと思ってましたら、最終判断は主審一人でするシステムだったんですね。

全権は変わらず主審の手中にあるんだな。

昨夜のブラジル×コスタリカでネイマールのシミュレーションを見破れず、ブラジルにPKを与えた主審がVARで自らの判定を覆しましたが、これを政治に置き換えてみれば、こういうのは「転向」とは言わないでしょうね。

しかしこれをもってVARに対する私の認識が変わったわけじゃありません。このケースでは「たまたま」上手く機能しただけだ。

福島第二原発事故以来、「ヒューマンエラー」という言葉が大流行しましたが、そして、人間は更に高度な科学技術によって人的ミスを撲滅できるんだなどという議論がのさばりましたが、こういう人間の完成可能性を無謬とする進歩主義に簡単に与すわけにはいかないな。

重要なのは完全性ではなく(主審の)「絶対性」である。

VARはこの絶対性を根絶やし、審判の権威は地に落ちた。

「神は死んだ、人間が殺したんだ」(ニーチェ)ということだな。
 

書き直し

 投稿者:桜坂 秀翠  投稿日:2018年 6月22日(金)21時28分19秒 p2667169-ipngn18801hodogaya.kanagawa.ocn.ne.jp
返信・引用
  さっき書いたのは書き終わったとたん全部消えちゃった記事の記憶に残ってるところだけを書いたものですから、中身的にも文法的にも論理的にも駄文だったので面倒ですが書き直しました。

再掲します。

NHK調査によると、今年入社した新入社員の61パーセントが、「人並みでいい」という出世観を持っているそうだ。

今さらこうした若者を嘆いても仕方がないのだが、嘆かざるを得ないのが、その調査結果を聞いた70代が、「今どきの若者はハングリー精神がない」「根性がない」「がむしゃらさが足りない」などと、他愛もないことを、他愛のないオツムで、他愛もなく言うその思想的貧困さである。

少なくとも、戦後という時代は、イエだとかムラだとか会社だとか、そういう地縁や血縁や社縁でつながった「ムラ社会」を全否定するところから出発した。

イエやムラに包含されるヒエラルキーや規律や秩序を疎んじ、これらに攻撃を仕掛け、「封建的だ」と悪罵を吐き、徹底的に排除することから戦後という時代は幕を開けたのである。

その中心に居たのが誰かと言うと、今の若者を「情けない」と嘆く戦後民主主義の団塊世代なのだから嗤うほかない。

かつての日本企業は「イエ」あるいは「ムラ」であった。

経営者が家長、あるいはムラの長(おさ)だとすれば、従業員は配偶者であり子であり村人である。

むろんそこには厳しいルールがあり、ルール破りには厳しいペナルティーが課せられる。

幾分言い難いことだが、社員はそのルールに服従することとの引き換えとして、安定した生活や自分の居場所や発言権を得ていたのである。

つまり、相互扶助と相互監視とが混在する有機的な感情共有体、それが日本の会社だったのだ。

サラリーマンにとっての生涯最大のイベントとはマイホームを手に入れることだろうが、それには長期のローンを組む必要があり、そのためには長期的に安定した雇用の保証が必須の条件となる。

終身雇用、年功序列、企業別組合といった日本型経営がそれを可能としていたのである。

戦後はこの共同体(ムラ社会)を、息苦しいとか、窮屈だとか、個人の自由を扼殺する悪しき封建制だと規定し、そして破壊し尽くした。

人間交際にとって欠かせない良き言葉遣いや、良識や常識を鍛えるための良き訓練場だったイエやムラを散々破壊してきた張本人が、家庭崩壊や若者の離職率の高さや出世欲の減退を嘆くのだから、この国の国民思想の紊乱や混乱や混濁はもはや末期にあるといっていいのではないか。

戦後人は、アメリカにつくかソ連につくかの二分論でやってきたわけだが、アメリカにつこうとソ連につこうとどの道左翼なんだということが明示的にも黙示的にも一丁字も示されることなく、そういう他愛ない構図を「保守対革新」の構図と見誤った。

文明思想の根幹で言えば、社会主義などはむしろ左翼のデリバティブ(派生物)であり、アメリカに見本を見るような、あるいは仏革命のジャコバン党に原型を見るような、個人の自由を急進的に押し広げましょ、個人の自由な競争によって豊かな社会を実現しましょと構える思想なり、行動なり、運動なりを本来はレフト、つまり左翼というのである。

こんな当たりきしゃりきが分かっていない連中が、知識人ヅラあるいは保守陣営ヅラしているのだから、憲法論が9条改正だけに収縮していくのも仕方がないとみるほかない。

憲法改正論を第三章「国民の権利と義務」にまで及ぼすこと、更には、大家族制を否定し、核家族化を急加速させた戦後民法の大改正にまで議論を及ぼすことこそが、かくも長き戦後と決別するための大前提であるように思う。
 

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