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北川八郎

 投稿者:天耀  投稿日:2006年 5月16日(火)14時27分16秒
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  北川先生語録186
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師の生き方をまねる。
人は不思議なパワーを求めたり、
それを得るためにに修行することは、
魂が汚れ結局今生の罪が上罪みされてゆくだけである。
なぜならそのパワーに深く頼る分、人も、自分も、
トラブルを招き、金銭の垢にまみれて苦しむ。
根底にある欲を透明にしないで力をつけて、なんになるであろう。
私たちは、欲の激流を渡る決意と、
欲の激流を渡してくれる先導者に、
出会えるかどうかが大切である。
釈尊は云われる「師と思える人に出会えたなら、
しばらくはその人の生き方を眺めてごらん。
怒りや、人の評価と人の良し悪しに取り付かれてないか。
金銭に執着してないか。
いつも魂を清めるような生き方か。
人を救いたいと願って生きているか。」
マザーテレサのような純粋な澄み切った、
人生をまねると良い。
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私たちは強い刺激を求める。
さらにより強い感覚に喜ぶ。
人を驚かすものを喜ぶ。
師は心の状態に合わせて現れる。
心が澄み切れば澄み切った師が、
あなたの目の前にいることに気がつく。
*木の葉に注意を奪われれば木が見えず、
木に注意を奪われれば森が見えない。全体を感じるのだ
 
 
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